奥さんに子供を連れ去られてから、しばらくすると、
郵便で謎の茶封筒が自宅に届きます。
茶封筒を開封すると、嬉しくもない家庭裁判所からの離婚調停の招待状がしたためられていて、
また、この茶封筒の中には、これも嬉しくもない婚姻費用分担の招待状も合わせてしたためられています。
このときから、家庭裁判所を舞台とした離婚紛争が始まることになるわけです。
離婚するしないについては、すぐに離婚訴訟を提起できるわけではありません。
その前に、調停という場で、お互い話し合いをする必要があります。
調停は、当事者同士が、一つの部屋で話し合うのではなく、調停委員会の委員の方々が、双方の話を聞いて、離婚条件などを調整したりします。
要は仲裁役です。
仲裁役ですから、調停委員会の仕事は、双方の意見を聞き、
「離婚条件を整理し、離婚合意がなされるのであれば調停離婚」
「離婚条件が整わず、離婚合意がされない場合は調停不調」
このいずれかの結論を導き出すことになります。
離婚調停まで至っているわけですから、調停の結果、夫婦双方の誤解が解け、調停取り下げ、円満に同居再開。なんてなお花畑みたいな物語はあまりないでしょう。
日本では、夫婦のどちらかが不在の間に、子供を連れ去り、子供と生活していることを実績として、家庭裁判所に離婚調停を申し立てて、離婚と親権を取るケースが多いです。
なぜ、子供を連れ去ってしまうかというと、子供と一緒に生活している親に、家庭裁判所は親権を認めるからです。
これは監護の継続性と言われるものです。
現状追認。これに尽きるようです。
私はこれで、奥さんに完全試合をされて、コテンパンにされました。
家庭裁判所は、子供とその親がどのような事情で一緒に生活することができなくなったかについては、深刻な事情がないのであれば問題にしません。話題としても取り上げません。
私もこれと同じケースで、家庭裁判所の調停を経験しましたが、
「もうすでに、結論は決まっている。勝負は決している。」
この雰囲気がアリアリと分かる印象です。
そんな中でも、おそらく子供と一緒に生活できていない親は、子供との面会すること求めるのでしょうが、まず、相手方はほぼ応じないと思います。
応じても、僅かな時間になると思います。月1回が相場ですから、それに沿う形になるかもしれません。
調停委員会も子供と親との面会を促しますが、あくまでも強制力はありませんから、
相手方を調整できずに、力尽きてしまい、面会できませんや僅かな面会時間のみ。
こんな結論になってしまいします。
近年は、男性の育児参画が進んでおり、一昔前のように、子供と会えなくなることやむなしのようなことはなく、家庭裁判所でお父さんたちも頑張っているようです。
そのため、面会交流調停の件数が増加してきています。これはイクメン化の表れでしょうね。
また、イマはネット社会です。
誰でも色んな情報を得ることができますから、子供と一緒に生活している実績をもって、家庭裁判所に持ち込めば、親権を取れることをみんな分かっているので、
今度は、お父さんがお母さん不在時に子供を連れ去り、お父さんが親権を取っているということを聞いたことがあります。
こんなことやめようよ。
子供の視点が一切ないです。
家庭裁判所は先例主義です。過去の判例があればそれに当てはめて終わりです。
おそらく共同親権にならないと変わらないと思います。なので、それまでは、このままで運用されると思いますから、
個々人の道義にかかっているのが、家庭裁判所の調停の場であると感じています。
今現在、離婚紛争中にあるお父さんお母さんが、このブログを見てくれているのであれば、出来得る限り、子供の視点を取り入れていただければと思います。
親の不仲は子供に無関係です。子供のことについては、大人の葛藤を乗り越えて、面会や養育に寛容であってほしいものです。
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